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弁護士の松坂です。
「婚前契約」という言葉は、一度は聞いたことはあるでしょう。(プレナップと呼ばれることもあるようです。)
ただ、婚前契約というものが明確に法律に規定があることはありません。
民法の条文には「夫婦財産契約」という規定があります。
あまり聞きなれないかと思いますが、民法の規定に則らない夫婦間の財産に関する取り決めをする契約のことを夫婦財産契約といいます。
この夫婦財産契約の内容に加えて夫婦の在り方などについて事前に取り決めた契約のことを婚前契約と言います。
それでは、夫婦財産契約・婚前契約とはどういったものなのでしょうか。
最近では、芸能関係者やスポーツ選手、経営者の方たちが結んでいるという話も話題やニュースにあがることがあります。
その詳細について見て行きましょう。
婚前契約・夫婦財産契約の役割とは
婚前契約・夫婦財産契約の役割は、夫婦間の取り決めです。
私個人としては、大きく3つの役割があると思っています。
①夫婦間のルール確認
②財産や子供に関するルールの明確化
③離婚時の取り決め(特に財産分与や子供について)
①②は似通っていますが少し意味が違います。
①は契約を作る際には結婚に関する法律の規定にはどのようなものがあるのかというのを知る機会になります。また夫婦での話し合いによってどんな夫婦となるのかというすり合わせができます。契約書で取り決めるかどうかは置いておいて、夫婦間のルールの確認ができるわけです。
②は契約になるわけですから、夫婦間でルールが設定されることになります。特に、法律では曖昧になっていることを明確にしたり、法律の定めとは異なる事項の定めをすることができるということで、マイルールを明確化できることになります。
③は離婚時のルールの取り決めです。
経営者を一例にすると、自社の株の価値というのも財産分与の対象になり得ます。しかし、それはすぐに現金化できるものではありませんし、分与にあたって経営者自身だけでなく従業員やその他のステークホルダーにとっても悪影響を及ぼす可能性があります。
財産分与の対象やルールを明確化することで自分だけでなく関係者にとっても安定的な会社運営ができることになります。
また、離婚時には子供について夫婦間で紛争が激化することも少なくありません。子供を巡るやり取りによって、別居もして顔を合わしてもいないのにどんどん相手に不信感を募らせていくという負のスパイラルに陥っていくということも多いです。取り決めたからといって強制力が働くのかというと必ずしもそうではないですが、指針があるだけでも前向きな話し合いができることが多く、取り決めておくことに大きな意味があります。
婚前契約・夫婦財産契約の条項例
まず、イメージを持つためにも、婚前契約・夫婦財産契約の内容の一例を見て行きましょう。
もっと様々なことを取り決めることもできるのですが、ここでは主要な条項をあげてみました。
①夫婦における財産の帰属
夫婦間での財産の帰属について定めをすることができます。具体的には、財産の帰属を共有にする(共有財産)のか、夫婦のどちらかのものとする(特有財産)のかという定めです。
ただ、多くのケースでは財産分与を意識した定めをしているように思います。つまり、夫の経営しているA社の株は夫に、妻の保有している不動産とその不動産収入は妻に帰属するというような規定をして、財産分与の対象からこの株や不動産・不動産収入を外すというようなニーズが多いです。
②婚姻費用の分担
家族の生活のための費用の分担についての規定です。
多くの場合、生活実態は長い婚姻生活の中で変わっていくため、ざっくりと「協議して都度取り決める」と定めておいて、細かく規定しないことも多いです。
極論、生活費は一方が全て支出し、他方が一切負担しないという定め方もできるかもしれませんが、この有効性には疑問があります。
③財産分与の定め
①で夫婦の一方に属する財産の定めをしたとしても、離婚時の財産分与においてはそれだけで財産分与の対象から特有財産が外れるかはやや疑問があります。
そのため、特有財産については財産分与の対象外とするというようなことを明確にしておくなど、財産分与についてしっかり定めることであとから争いが生じずに済みます。
④子供についての取り決め
子供に関する取り決めも規定することが多いです。
子供の育て方に関する方針を決めることもあるかもしれませんし、離婚時についての親権や養育費、面会交流に関する取り決めをしておくこともあります。
ただ、こうした子供に関する取り決めは、結婚前に全部決めておくなんてことは難しいです。また、離婚時の取り決めも離婚をするときに「子供第一」で取り決めるべきことであって、婚前に妥当な取り決めを行うことはできないでしょう。
そのため子供についての条項を定めたとしても、法的強制力を持たせることができないことも多く、あくまでも指針という程度となるかもしれません。
その他、婚前契約の条項例の多くの部分は、次回のコラム(事実婚に関する契約とは?)にて紹介する事実婚に関する契約の条項例と似通っています。
ただし、法律で様々な事項が認められているため、法律の原則と異なる内容を定めたい条項のみを規定するというのでも良いでしょう。
婚前契約・夫婦財産契約の無効となりうる条項例
婚前契約・夫婦財産契約については、様々なことを取り決めることが出来ます。
しかし、なんでも有効ではなく、法律に違反する・著しく不平等だというような条項は無効となります。
一例ですが以下のような条項は無効となる可能性があります。
・同居・扶助義務を否定するような定め
・日常家事債務の連帯責任を否定する定め
・一方的に自由に協議離婚ができるというような定め
(参考:東京地方裁判所平成15年9月26日判決)
・財産分与の方法が不平等な条項(分与額が著しく低く定められているなど)
・その他著しく不合理・不平等な条項
夫婦財産契約とは
では、もう少し法律的な話に入っていきましょう。
まず、夫婦財産契約とは、民法の規定に則らない夫婦間の財産に関する取り決めをする契約のことをいいます。
民法では夫婦の財産について、婚姻の届出前に以下の事項について夫婦間で取り決めることができるとしています(民法755条、760~762条参照)。
①婚姻費用の分担
②日常家事に関する債務の連帯責任
③夫婦間における財産の帰属
これらについて特段の定めをしない場合には、民法の規定が適用されるということになります。
婚前契約とは
婚前契約は法律上の言葉ではありません。
夫婦財産契約の内容とその他の夫婦に関する契約と考えてもらって大丈夫です。
結婚前に夫婦のルールを作りましょう、ということです。
浮気(不貞)があった場合の慰謝料などの取り決めがイメージしやすいと思います。お互いに自由に性的関係をもっても良いという合意もあり得るわけです。
そのほか、家事や育児についての定めも可能です(ただし法的に強制できるのかという問題はあります)。
さて、夫婦間のルールについての契約が、なぜ「“婚前”契約」という名称なのでしょうか。
これは、夫婦間でした契約は婚姻中いつでも取り消すことができるという民法の定めがあることが理由だと思われます(民法754条)。
この規定によって、結婚後の契約は、原則、婚姻中いつでも取り消せるので意味がないことになる(=揉めたときに法的に無意味になってしまう。)ため、結婚前に契約をする必要があったのです。
ただし、この条文は民法改正で削除されるとされています。削除後は婚後契約も法律上の意味が生じてくるため、婚後契約も可能となります。その場合、婚前契約ではなく、夫婦間契約というような名称になるでしょう。
夫婦財産契約は婚姻届出の前にしないといけない
しかし、夫婦財産契約は改正がされません。
夫婦財産契約について民法は「婚姻の届出前に」行うことを要件としています(755条)。
そのため、婚姻届出前に夫婦財産契約をしなければなりませんので、夫婦の財産に関する一の事項については婚姻届出前の締結が必須です。
夫婦財産契約は変更がほとんどできない
夫婦財産契約は変更も大変です。
大変批判があるのですが、変更をすることは原則できません。
法律が変更できないとしているのは、婚姻後の変更を認めると第三者に不測の損害を与えるおそれがあること、夫婦の一方が他方に圧力をかけて当初と違う内容としてしまうかもしれないというところにあるようです。ただ、この理由もおかしいと方々から批判されているそうです。
法律上変更ができるケースがあるのですが、それは夫婦財産契約によって夫婦の一方に財産管理がゆだねられているときです。この一方の財産管理に問題があるときに他方当事者は家庭裁判所に自分が管理できるよう請求でき、また共有財産の場合には分割請求できるとされています(民法758条)。
ただ、使いどころが殆どないと思われますし、手続きもかなり大変なため、これだけではあまり意味がありません。
登記の要否
夫婦財産契約は、夫婦の承継人及び第三者に対抗するためには登記が必要とされています(民法756条)。
この「第三者に対抗する」というのは法律用語です。
簡単に言えば、夫婦財産契約で「このような定めになっている」と他人に言えること(他人に夫婦財産契約の効力を及ぼせること)です。登記が無ければ夫婦以外の人との関係では、夫婦財産契約は無かったという前提になってしまうと思ってもらえれば大丈夫です。
しかし、登記をするかどうかは、メリットとデメリットを天秤にかけて判断して頂く必要があります。
デメリットは、登記をするということは広く開示されるということになります。
実際には簡単に登記を取得されることはされないのですが、他人に夫婦財産契約の内容を知られ得るというのは大きなデメリットですし、夫婦の氏名と住所も登記事項ですので個人情報も開示されるリスクに晒されてしまいます。
メリットは、上記のとおり「夫婦の承継人及び第三者に対抗する」ことができるということになります。
少し具体例を見てみましょう。
まず、夫婦の承継人ですが、これは夫婦の一方が亡くなったときの相続人です。
例えば、「夫の収入・給与は全て妻の所有物となる」という条項があったとします。そして結婚後しばらくして夫が死亡したとすると、登記があれば妻は夫の他の相続人に対して「夫の収入・給与は全て自分の所有物であって遺産にはならないから、遺産分割の対象とならない」と言えることになります。
次に第三者が問題となる例とすれば、法定財産制(財産帰属についての民法上の規定)と異なる定めを夫婦財産契約で行った場合に、その財産を契約に反する形で第三者に売られた(処分された)場合に、その第三者に対応できない(Ex.名義は「実際は自分のものだから返せ」といえない)ということになります。
このように、登記が問題となるのは、夫婦財産契約で財産の帰属についてかなり具体的な定め方をする場合に、夫婦の承継人・第三者との関係で問題が生じたケースとなります。
ある意味特殊なケースだと言えるので、登記をすることのデメリットとの兼ね合いが必要でしょう。
契約の仕方
基本的には契約書という形にするのがオススメです。
公正証書というしっかりした形にする選択もありでしょう。
これまで述べてきたとおり、婚前契約・夫婦財産契約はややこしい問題が多いです。
夫婦のニーズに沿った適切な内容に仕立てられているのか、というとそうでないこともあるように思えます。
しっかりとしたものを作りたいという場合には、弁護士のような専門家に相談のうえ作成することをお勧めします。そのような要望がある方は、一度当事務所までお問い合わせください。
執筆者:弁護士 松坂拓也
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